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17 名君
「一体どこに行ったのだ!」
一方の新国王は、寝室でやはり眠れぬ夜を迎える。
すべてがうまくいっていると思っていた。
あの日、天が父王からマユリアを取り上げてくれたあの日から、すべてが自分の思うように進んでいたはずだった。
後は無事に交代を済ませ、マユリアの気持ちが落ち着き、自分の元へ来るまでを待つだけだと思っていた。その日を指折り待つだけだと、そう思っていた。
多分、その前に何かをするつもりなのだ、父上は。そう思うといても立ってもいられなくなった。
そしてその夜はもんもんとろくに眠れずに夜を過ごし、翌朝、かなり早くに神官長を王宮へと呼び出した。
「まだ父上は見つからん」
「そのようでございますな、一体どこにいかれたのやら」
その当人を匿っている本人が、素知らぬ顔でそう答える。
「何か心当たりはないのか」
「心当たりですか」
神官長は少し首を曲げ、考えるようにして答える。
「それはやはり、前国王様に復権していただき、自らもまた一線に返り咲きたいと考える貴族の一派がどこかにお隠しになったのかと」
「それは私も思って調べたが、今のところそのような動きは見られない。というよりは、父上がいなくなった事実にすら気がついておらぬようだ」
「そうなのですか」
神官長は心の中で舌打ちをする。
昨夜、前国王に少しばかり話したように、神官長は前国王派の貴族たちがもう少し早く動くことを期待していた。
予定では、もっと早くに一派が動きを見せ、それを警戒した新国王がもっと警備を堅くした頃に前国王を救い出す予定だったのだ。
(その方が騒ぎが大きくなるだろうからな)
それが、父王が消えたことに慌てた新国王がすぐに箝口令を敷き、その動きが早かったためか、前国王が消えたことはまだ前国王派の耳に入っていないのではと思われる。
神官長は、どうにかして前国王派に前国王を奪回させたいと思っている。そのためにも動いている。だが、前国王派は揃いも揃って思った以上の能無しで、なかなか思ったように動いてはくれない。
(ここは、そちらを動かすためにも国王様に今少し動いていただくしかない)
「少し、つついてみてはいかがでしょう」
「つつく?」
「はい」
新国王は神官長の言葉に興味深そうに耳を傾ける。
八年前、天が当時の皇太子であった自分のために父王からマユリアを取り上げた時(と、新国王は信じている)に彼は、「来る日」のために自らを磨くことを決意した。そしてその誓いを守り、心身共に自らを鍛え上げ、学び、民たちとも交流し、立派な跡継ぎとしての地位を確かなものとした。
だが、それはあくまで個人的な問題である。いくら彼が人品骨柄が素晴らしく、時期国王として問題のない立派な跡継ぎであると認められたとしても、父王が健在である限りあくまで「後継者」でしかない。真の王者として認められるものではない。
彼が国王の座につけるのは、前王が崩御した時、もしくは譲位した時だけである。
彼がいかに優秀であったとしても、父王が健在である限り、彼の望みは叶えられることはない。
そのことには気づいていたが、それではどうやって父王を王座から降ろして自分がその座につくか、その方向にはどのように動いていいのかがあまりよく分からない。
いい意味では善良、そして悪い意味では世間知らずと言っていいだろう。
優秀なだけに、その事実を冷静に受け入れた新国王、当時の皇太子は考えた上で、それとなく神官長に世間を知るためにはどうすればいいかと相談を持ちかけ、それが二人が結びつくきっかけとなったのだった。
神官長は博学で見識が高いとは聞いていたが、父王などの評価からすると、
「あれは頭でっかちの小心者だ。神官長という立場は可も不可もなく、物事を荒立てることのないあの者にこそふさわしい」
とのことで、神官長がその座に就くこととなった理由の、2人の突出した候補者がなるよりもよかった、とのことだった。
新国王もその意見を下敷きの元、もしかして外つ国でのそのような事例を知り、聞かせてもらえるならば参考になるのでは、との気持ちから相談を持ちかけたのだ。
ところが、いざ話を聞いてみると、神官長は思っていた以上に広く深く外の国のことを知り、それだけではなく、
「皇太子殿下は大変ご立派です。いずれは名君として名を刻み、歴史に残る国王とおなりでしょう。それだけの努力をなさっておられるとは私もお聞きしております」
と、それはこのような者ならそうするであろうと思う言葉で皇太子を持ち上げ、機嫌を取ったその後で、
「ですが、それはみな、殿下が人生を終えてこの世からおられなくなって後のことでございます。マユリアが国王陛下の側室となられ、美しい華を手折られるのを横目でじっとご覧になって、悔しさのうちにその生を終えられて後のことでございます」
と、驚くような言葉を口にした。
「殿下はきっと、ご自分が王となってマユリアを手にする方法がないか、それをご相談になられたいのではないかと思います。それならばそれで、私に心を開いて正直にご相談くださればよいものを」
悲しそうに言うその言葉で、当時の皇太子はその通りに神官長をその相談役として選んだのだった。
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