プロローグ

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プロローグ

「はぁ……」  股間の違和感で目を覚ました高山市五郎(たかやまいちごろう)は大きな溜息を吐き、人さし指の第二関節で眉間をグリグリ押した。  未だかつてない自己嫌悪に苛まれる。否、久しぶりの自己嫌悪というべきか。何かとてつもなくいかがわしくて気持ちのいい夢を見ていたような気がするが、まさか桑年(そうねん)(四十八歳)を前にして夢精とは……とひとりごちる。 「……ふぅ」  布団をゆっくりめくり、股間に視線を下ろしまた溜息をつく。  よいしょと立ち上がり、若干ガニ股歩きで風呂場へ急いだ。  幸か不幸か、ボクサーパンツの中に解き放った精はすっかり乾ききっているため床を汚す心配はない。下ろした下着をそのまま洗濯機へ放り込む。気ままな一人暮らしのため、咎める家人がいないのは不幸中の幸いだった。  寝汗をたっぷりかいた体に熱いシャワーを浴びせ、未だこびりついている罪悪感とともに股間のぬめりを排水口へ流す。タオルを掴む頃には、市五郎の気分も少しだけ持ち直していた。  体を拭いたタオルを腰に巻き、ひとまず台所へ。股間の違和感がなくなると、喉がカラカラに乾いていることに気づいたのだ。コップへなみなみと注いだ水を飲み干し、一息ついて洗面台の前へ立つ。  耳が隠れるほど伸びた髪と無精ひげの中年男性がこちらを見ている。  精悍だとか、ワイルドだとか、危険な男の匂いがするだとかもてはやされた時代はとうに過ぎ、今はただのおっさんでしかない。鋭かった目にはうっすらと笑いジワも刻まれている。    市五郎は鏡の中の男へ苦笑して腹を撫でた。酒が飲めないため、かろうじて体重だけは若い時と同じ数字をキープしている。腹からまた己の顔へ視線を移すが、頭に思い描いているのは夢の中で組み敷き、荒れ狂った欲望を何度も埋めた相手だった。  (よわい)四十七。人生の半分は過ぎた。誰かに想いを寄せ恋焦がれることなど……もう、ないと思っていたのに。  そう思いながら、市五郎は愛しい人の名を呟いた。 「結城さん……」
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