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妻である彩子の不倫が発覚したのも十年前の夏だった。
その頃には夫婦関係は既に冷え切っていて、彩子は無断で出歩き、夜遅く酔っ払って帰ってくるという生活を続けていた。
元々の相性が合っていなかったのだ。
彩子は美人で社交的で気が強く、アルコールに関しては酒豪と呼べるほどだった。自己顕示欲も強く、羨望の眼差しで見られたいがために、見栄えの良い市五郎を夫に選んだ。勿論、一流企業で働く男と結婚することもステータスだった。
しかし市五郎の内面はというと、実直で趣味は読書と映画鑑賞。
生まれてきた可愛い娘のため、奔放すぎる妻の振る舞いを大目に見てきた市五郎だったが、彩子に他に好きな男がいることがわかり離婚を申し出た。無論、娘の親権を譲る気は無かったが、話し合いの最中、彩子が携帯画面を市五郎へ向けた。そこには知らない男と娘のツーショットがあった。
「見てわかるでしょ? この人がこの子の父親なの。申し訳ないけど、あなたに権利はないのよ」
気が付くと部屋はすっかり冷え切っていた。知らない間に眠っていたようである。
障子を開ければ縁側の向こうの庭は太陽の反射で眩しく、市五郎がまばたきすると暗い部屋の中で光の残像がチカチカ浮かんで消えた。
儚い残像は市五郎の結婚生活のようだった。
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