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「はぁ……できた……」
ぶっ通しで五時間、市五郎は最後に(了)と入力して、そのまま畳へ仰向けになった。目を閉じて、数分後にふたたび開ける。
天井をぼんやり眺めていると「グー」と腹が鳴った。
今日は昼に蕎麦を食べただけだったのを思い出す。
壁に掛かっている古い時計を見れば六時。
外はまだ明るいが出かけようと思い立つ。
この時間なら、暑さも和らいでいるだろう。
市五郎は起き上がり風呂場で軽く汗を流した。ベージュ色をした麻のスーツに身を包む。だがジャケットはやはり暑い。身なりと涼しさを天秤にかけ涼しさを取る。市五郎はジャケットをハンガーに掛けなおし、麻のズボンと白シャツ一枚で家を出た。
外は生ぬるい風が吹いていた。エアコンの効いた部屋にいた身には厳しいが昼間よりは、はるかにマシだ。
汗をかかないよう、ゆっくり歩を進める。
いつもの喫茶店は七時までの営業だ。馴染みのない店での飲食は緊張するが、腹はさっきからグーグー鳴りっぱなし。文字通り、背に腹は変えられない。駅の周辺にはいくつも飲食店が並んでいる。市五郎は出来るだけ窓の大きそうな店を選び入店した。
店はイタリアンレストランだった。サラダとクリームパスタを注文し、暮れていく街を歩く人々を眺めた。
モッツァレラチーズとトマトのサラダを食べ、ほうれん草とサーモンのクリームパスタもペロリとたいらげる。食後のコーヒーを飲みながら腕時計に視線を落とした。
七時半か……。
さきほどまで藍色だった空も、すっかり夜の色だ。
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