二、もうひとつの顔

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 立ち上がることも忘れ固まる市五郎の前を、二人が通り過ぎて行く。ほどなく店のドアが開き二人が入ってきた。店員が案内した席は奇しくも市五郎の斜め後ろのテーブル席だった。  振り向かなくても、市五郎からは窓ガラス越しに二人の姿がハッキリ見えた。スーツの男は背中を向けているが、ハーフパンツの男の顔は正面で捉えることができる。  華奢な顔立ち。愛嬌のある目。小さな鼻の下の形のいい唇。  近くで見ても、男は結城にそっくりだった。違うのは眼鏡をかけていないこと。ヘアスタイルも若干違っていた。毛先を緩くウェーブさせているように見える。  結城にそっくりな男はニコニコと嬉しそうに笑い、スーツの男とメニューを見ていた。メニューを指さし、あれでもないこれでもないと仲睦まじそうだ。ようやく決まったようでスーツの男が店員に手を上げた。男性がメニューを指し注文しているのを、結城に似た男はテーブルに肘を突き首を傾け機嫌良さそうに見ている。  子供っぽい仕草だと市五郎は思った。ファッションや髪型もだが、出版社で会った時のきちんとした印象とのギャップが大きい。  市五郎はほとんど残っていないコーヒーを啜りながら、時に啜る真似をしながら、窓ガラスに映り込む二人をまじまじと観察していた。  出版社とさほど離れていないのに、結城さんは案外大胆だ。それとも服装を変えてメガネを外せば気づかれないと思ったのだろうか。たしかに昼間の顔とは違い過ぎて「まさか」と思うかもしれないが……。  グラスワインとチーズが運ばれてくる。乾杯する二人。一口飲むと結城はグラスを置き、テーブルの上にあるスーツ男の手に手を重ね握った。可愛さをアピールしながら男に話しかけている。その仕草は確かに可愛かった。可愛すぎて、見ている市五郎の方が恥ずかしくなってくるほどだ。  あの結城さんが、プライベートではこんなに変わるなんて……。
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