二、もうひとつの顔

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 市五郎は妙な気持ちになりながら、それでも観察をやめられない。やめたくても目に入ってしまうし、席を立てば結城に自分の存在を知らせてしまうと思うと立ち去ることもできない。いや、したくなかった。  スーツ男は結城よりかなり年上に見えた。市五郎と同じくらいか、もっと年上にも見える。ガラス窓に映るダンディな雰囲気の男の背中に、そういう男性がタイプなのか。それとも付き合っているわけではなく、一夜の遊びなのか……。といつもの癖で余計な詮索までしてしまう。  観察していると結城たちのテーブルに次の料理が運ばれてくる。和やかに食事をする二人。話し声のトーンは低めで何を話しているのかは聞こえないが、時折、結城の甘えるような笑い声が聞こえる。その笑い声がイヤに市五郎の耳に引っかかった。違和感と言ったらいいのか。なにが引っかかるのか市五郎にもわからない。  スーツ男が結城へ何かを指摘した。キョトンとした表情の結城がフォークを下ろし、座ったままテーブル越しに身を乗り出す。何をしているのかと市五郎が見ていると、相手の男が手を伸ばし、結城の頬を包むような仕草をしたあと、親指で結城の唇の端を拭った。  ソースかなにかがついていたらしい。結城は恥ずかしがるでもなくスーツの男に微笑み返した。その後も二人のいちゃいちゃは止まらない。パスタを味見しろと、結城が男にパスタを巻きつけたフォークを向けたり、公共の場であるにも関わらず、男の手を掴み指先にキスをしたり。  ようやく食事を終えた二人は立ち上がり、店から出て行った。  これから二人でホテルへ……。  結城が男に組み敷かれている場面を想像し、市五郎は苦しいような妙な気持ちになった。想像できないことはない。妄想は得意だ。ただ、初めて対面した時と、今、目撃した結城とのギャップに激しく混乱しているのだった。
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