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「連絡もなく、すみません。ちょっと仕事で近くに来たもので、この間のお土産のお礼に差し入れを持ってきました。これ、よかったら食べて下さい」
結城は手に持っている紙袋を差し出した。
「あ、どうも……わざわざ、すみません。あ、あの、良かったら、その、時間に余裕があるなら、上がって涼んでいって下さい」
「えっ」
緊張で喉がかさつき、うまく声が出ない。ひどくぶっきらぼうなトーンだ。これでは不機嫌だと勘違いされてしまう。市五郎が焦りを感じた瞬間、結城の表情がぱあっと花開くように華やぐ。その可憐な表情に市五郎の胸もドキッと高鳴った。
なんて可愛らしい。外の暑さがよっぽどきつかったのかな?
市五郎の様子に結城は照れたように視線を外し、今度はチラリと遠慮がちな視線を市五郎に向ける。
「あの、お仕事のお邪魔になりませんか?」
もじもじと、小さな声でお伺いを立てる。
「ちょうど休憩しようと思っていたのです」
市五郎は体を斜めにして、結城へ中に入るように促した。実際、玄関先は暑くてしかたがなかった。結城もここでは休めまい。
「本当ですか? よかった。助かります。今日はまたすごく暑くて」
ニッコリ微笑んで、ふと視線を落としゆっくりと市五郎へ戻す仕草は妙に艶っぽい。
「そうですよね。こんな日に外出なんて自殺行為です」
「ええ。本当に」
市五郎は心からの本音で返したのだが、冗談と思われたらしい。結城はくすりと小さく笑い、再びお辞儀した。
「それではお言葉に甘えてお邪魔します」
「どうぞ。スリッパなど気の利いた物はないので、そのまま上がって下さい」
「お気遣いなく。では、お邪魔します」
丁寧な三度目のお辞儀をして、結城は靴を脱ぎ玄関かまちに上がった。それからクルリと玄関を振り返り、靴を揃え端へ寄せる。細くしろいうなじが眩しかった。
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