三、訪問者

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 廊下を真っ直ぐ行くと茶の間の戸がある。茶の間と書斎は襖一枚で隔ててあるだけなので普段市五郎はそこから出入りしているのだけれど、そこを開けると奥の台所まで見えてしまう。それはなんとなく恥ずかしい。なので、客間へ直接繋がっている廊下を通って結城を書斎へ案内した。  そちら側の廊下は縁側と一体となっていて、庭を眺めることもできる。庭石と松くらいしかない寂しい庭だが、草刈りだけでもしておいて良かったと心から思った。 「立派なお家ですね」  市五郎の後ろで、結城の感心したような声が聞こえた。 「古いだけですよ。どうぞ」  襖を開けた途端、冷気が廊下へ流れ出た。冷えた空気にホッとする。 「あぁ……涼しい」  結城は目を瞑り、冷気を全身に浴びるように清々しい表情を見せる。 「なにしろ一人暮らしで、片付いていませんが、ラクにして下さい」  家具調の長方形の大きな座卓には、ノートパソコンが置いてある。  この机が書斎机であり兼、客間の机でもある。ノートパソコンを片付けるわけにもいかず、謝るしかない。市五郎は上座のほうにいつも座っているため、さらに申し訳ないが、結城を下座の座布団へ案内した。 「ありがとうございます。僕の部屋よりずっと綺麗ですよ。あ、これジェラートです。保冷剤をたくさん入れてもらったので大丈夫だと思うんですが、冷凍庫へ入れてもいいですか?」 「ジェラート……」  昨晩イタリアンレストランで見た結城を思い出し、市五郎は動揺した。  いきなりの訪問に舞い上がり、今のいままですっかり忘れていたのだ。  今、こんな毒もなにもない、爽やかな笑顔で私を見ているけれど、昨晩の結城さんはあの男を手玉にとり、ホテルで後ろから……何度も……何度も。  妄想が市五郎の脳内で暴れ出す。
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