三、訪問者

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 アイスの説明をする結城の表情はあどけなく、とても可愛らしい。市五郎は思わず、これが本当の結城だと勘違いしそうになった。 「私は、ミルクを……」  そう口にした瞬間、男の放出したものを体内で受け止めている結城の姿が浮かびほんのり下腹部に熱を感じてしまう。 「では、僕、イチゴをもらってもいいですか?」 「……どうぞ。あ、では、熱いコーヒーを淹れましょう。用意してきます」  今までの人生で「イチゴ」という単語をあんなに可愛らしく発音する男に会ったことがない。どうして「イチゴ」と言う前に、ちょっと照れた表情をしたのだ。あれが結城さんのテクニックというものか? それとも無意識なのだろうか?  いかん、いかんと己をたしなめる。  あんまり動揺すると、昨夜目撃したことを結城さんに察知されてしまう。落ち着かなくてはいけないと、市五郎は小さく深呼吸した。 「ありがとうございます」  市五郎の動揺に気付かない結城がキチンと頭を下げる。市五郎はたじろぎながら無表情を装い部屋を出た。台所でコーヒーメーカーをセットし、気持ちを立て直し書斎へ戻る。 「う!」  結城はピシッと姿勢を正し正座していた。行儀よく腿の上に手を乗せ、アイスを前に「待て」をしている。  まるで従順なワンコのようではないか。可愛いとしかいいようがない。しかし、裏の顔を知っている私には通用しない。可愛いではなくて、「あざとい」と思わなければならないのだ。だがしかし……。  葛藤を胸に市五郎は平静を装う。
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