三、訪問者

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「はい」  市五郎の「昨日」と言う言葉に対しても、結城は少しの動揺を見せなかった。真っ直ぐ見返す結城に、逆に市五郎がうろたえた。 「き、昨日、一本、書けました。短編ですが」  結城の表情がパアッと明るくなった。 「そうですか! いやー、来てよかったです!」  結城はカップをソーサーへ戻し、姿勢を正すと前傾姿勢になった。昨日のレストランでの仕草を思い出す。 「見せていただけるんでしょうか」  柔らかそうな唇を凝視してしまう。  キラキラと目を輝かせる結城を拒否できるわけがない。 「あ、はぁ。……このパソコンで良ければ」  市五郎は席を譲りつつ、今書いていた妄想の産物を焦りながら閉じ、昨日書いた物をクリックした。 「どうぞ、私は縁側でタバコを吸ってきます」 「はい。では拝見します」  市五郎は立ち上がりタバコをポケットに突っ込むと、縁側から庭へ出た。三時の時点では茹だるような暑さだったが、今は少しマシになったようだ。庭木への水やりはまだ出来ないが、打ち水はしておこう。  庭の隅にある、繋いだままのホースの先端を持ち蛇口を捻る。噴き出た水はお湯のように熱かった。それが冷たくなったのを確かめ、庭石や石畳へこれでもかと打ち水をする。  昨日、市五郎が執筆したものはやはり爽やか系の短編だった。その前が学生ものだったので、今度はサラリーマン同士にしてみたのだが……、結局は幼馴染との恋だ。濡れ場もない。作品としてはあんまり喜ばれる系統ではないのかもしれない。  水まきを終え、タバコの後始末をする。
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