四、恋する男

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 結婚に対して幻想などないくせに、自分の中の「恋する部分」はまだ残っていると信じていたかったのだ。完全に世の中との交わりを絶つことができないのもそのためだ。  市五郎は己を基本ポジティブだと思っている。  世を諦めていても、不信であっても、人間が好きなのだ。親密になるのは面倒だけれど、一人は寂しい。ボーイズラブへの妄想はそんな市五郎の救いであり、癒しだったのだ。  気が向けば散歩して、気が向けば出版社へ出向く。人間観察をして世の中を知っている気になり、編集者の森と三十分くらいミーティングをすれば、社会と繋がっている感覚になれた。それだけで満足だった。  なのにだ。  市五郎はその晩、久しぶりに眠れぬ夜を過ごした。  イチゴアイスを選ぶ時のはにかむ表情のあとに浮かんだのは、イタリアンレストランで中年男性の指を舐めるようにキスした結城だった。  やはり、あの男性と付き合っているのだろうか。それとも、世俗でいうところのセフレ? またはパパ活?  考えても、考えても、昼間の結城とは別人に思える。  市五郎は眠るのを諦め布団から出ると、パソコンの電源を入れた。
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