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なぜ市五郎がこんなところにいるかというと、以前、市五郎の担当編集者だった森から招待を受けたからだった。
本来、人見知りである市五郎はこういう席に出るのをできるだけ避けていた。しかし、新連載の企画を知った森から「こういうパーティーは出版社が主催する。もちろんお祝いの場なのだけど、人脈づくりの場として招待するものでもあるんだよ。高山さんの今後の為にも是非参加した方がいい」と説得され、さらに「結城も勉強の為に参加させるからおいでよ」と付け加えられたのだ。執筆中の為、すっかり結城ロスである市五郎にとってまたとないチャンス。ついうっかり、出席しますと返事をしてしまったのだ。
結城さんはどこにいるのだろう。
人混みの中、先ず森を発見。その陰に、結城を見つけた。若い男性と名刺交換をしている。出版記念パーティーというより、成人式にでも来たかのようなやけに若い男だった。おそらく彼も新人作家なのだろう。
忙しそうだ。今は話しかけることはできまい。
年が近いからだろう、結城もリラックスした表情で男性と話している。その姿を眺めながら、市五郎が目立たぬよう壁際で立っていると、ボーイがトレーを差し出した。
「いかがですか?」
「ありがとう。これはノンアルコールカクテルですか?」
「ノンアルコールはこちらになります」
ボーイが細長いシャンパングラスに手のひらを向ける。鮮やかな淡い桜色。繊細な泡立ちがゆっくりと昇っていく。美味しそうだ。
「いただくよ」
会釈して立ち去るボーイから、結城へ目を向ける。
相変わらず名刺交換で忙しそうだ。それが有名な書き手なのかすら市五郎には判別できない。ただ他者に向けられる可愛らしくて温かな微笑みを見るにつけどんどん気持ちが落ちていくのを感じていた。
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