四、恋する男

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「どうも。お邪魔しています」 「どうです? 人脈作りの方は」 「はぁ、まぁ……ぼちぼち」  小学生ではないのだから、自分から輪に入らなくてはいけないのだろう。頭では分かっていても気力は一ミリも残っていない。 「染之屋先生には挨拶したかい? ミステリー色の強いバディものBLを書かれている作家さんでね。男性同士、話しやすいんじゃないかな?」 「あの、すみません。人酔いしてしまったようで……少し、外の空気を吸ってきます」 「ああ、そうなの? 大丈夫?」  「はい。ちょっと失礼します」  会場を抜け一階へ下りる。広いロビーのソファに腰を下ろすと市五郎は重いため息を吐いた。  やはり無理は禁物だ。世捨て人は世捨て人として立場をわきまえないといけない。かといって、黙って帰るのはマナー違反だろうし……。  五分ほどウダウダ考え、市五郎は重い腰を上げた。  最低でも森には帰る旨を告げなければいけない。市五郎の狭い世界で、一番礼儀をはらわなければならない相手だ。  三階に着きエレベーターを降りると、会場前の通路で結城を発見した。何をするでもなく立ちすくんでいる。  結城の横顔は、何かに集中しており、市五郎にはまったく気付いていなかった。視線は一点に向けられており、表情は儚く健気で、まるで叶わぬ恋でもしているように市五郎には見えた。
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