一、結城との出会い

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 何が気になったのか市五郎にも分からなかった。ただ振り向き、階段を下りていくスーツ姿の男性の背中を目で追った。男にしては首筋が白くてほっそりしている。綺麗だと表現していい。なぜか顔を確かめたいという気持ちになったが、男性は振り向くことなく降りて行く。市五郎は後ろ髪を引かれるような気持ちを感じながら視線を剥がし階段を登った。  階段を上りきると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。高校生だ。この時間になると学生が増える。女子の団体も可愛らしいが、男子の団体も純粋に可愛らしいと感じる。もう遠く過ぎ去った過去への郷愁もあるのかもしれない。二度と訪れることはないであろう青春の時。全てが純粋で、何気ない日々ですら輝きに満ちていた。  高校生たちの若さ溢れる笑顔を眺めていると、ふと二人の男子高校生が目に留まった。仲睦まじい様子に市五郎の頬が緩む。眺めているとフツフツと創作欲が湧いてきた。  手帳へ書き込むより家へ戻ろう。  市五郎はいつもより早足で家路を急ぎ、すぐさま先ほど見た光景をノートパソコンへ打ち込んだ。アナログを好む市五郎だが、時代の波には抗えない。目にした高校生男子達のほのぼのした様子や浮かんだプロットなど全てを打ち込み満足の吐息を漏らした。 「……はっ!」  買ってきたケーキの存在を突然思い出す。市五郎は周りをキョロキョロと見た。無い。和室の中に箱が見当たらないし、冷蔵庫へしまった記憶もない。慌てて立ち上がり玄関へ行ってみると、靴箱の上に白い箱が置いてあった。しまったと後悔しながら箱を開ければ、中のスイーツは汗をかきデロデロに溶けてしまっている。 「ああっ……」  唯一無事だったのは、保冷剤の近くにあったコルネだった。市五郎はコルネを冷蔵庫へしまい、軽い夕食を済ませたあとコーヒーを淹れ、食後のコルネを楽しんだ。そして一応満足し、短編小説に取り掛かった。
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