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◇ ◇ ◇
「はい。はい。あ、そうですか。では、午前中にお伺いします……」
携帯を耳に当てたままペコペコと頭を下げ、電話を切った。
電話の相手は結城だった。ついにシリーズの一話目を完成させたのだ。要件は、本日中に原稿の持ち込みに行ってもよいかの確認だった。
事前に相手の都合を確認するために電話をしたのは初めてだった。森の時は、散歩の途中が常だったし、不在だったなら、誰かしらが伝言してくれ、森から連絡が入ってきていた。
電話は緊張する。相手の様子が分からないからだ。しかし結城の声は市五郎の訪問を喜んでいるように聞こえた。
原稿の持ち込みに、こんなに胃がキリキリするのも初めてかもしれない……。
市五郎は胃腸薬を飲み、シャワーで軽く汗を流して白シャツを羽織った。黒のスラックスにベルトを通す。最後にカンカン帽を被り家を出た。
「今日のお土産は何にしようかな……」
結城の顔を思い浮かべながら考える。
今までは自分が食べたいものをチョイスしていた。ケーキ屋で森のことを考えたなど一度も無い。
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