88人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
「こんにちは」
カンカン帽を取り、頭を下げる。
二週間ぶりの結城がそこにいた。デスクでパソコンに向かっていたが、市五郎の声に振り向くと微笑んだ。眩しい。その微笑みに市五郎の喜びと緊張が高まる。
結城はすぐに立ち上がり近づいてきた。
「わざわざありがとうございます。この前はその、ありがとうございました」
後半、少し照れたように小さな声で言うと、結城は目を伏せたまま丁寧に頭を下げた。視線を合わせるのが気恥ずかしいのか、「こちらへどうぞ」と応接用のソファ席へ先を歩いていく。
パーティションで仕切った場所へ到着すると、結城は気を取り直したように、「どうぞ座ってください」と笑顔で手のひらを見せた。
白くて柔らかそうな手のひらだと、一瞬、見入ってしまう。
あの華奢な手をずっと握っていたのだと思い返し、涙に濡れた結城の微笑みと、今、元気そうに笑顔を見せる結城を重ね合わせなんとも言えない気持ちになる。
あの時抱きしめなかったのは、公共の場だったからだ。心の距離が近づいたような気持ちにもなった。しかし今はまた、編集者と書き手の関係に戻っている。それが市五郎には寂しかった。
「……はい。失礼します。あ、これ、お土産です。夏のフルーツタルトです。三時のおやつにでも食べて下さい」
ボーとしていたのを誤魔化すように、白い箱を手渡した。
何を期待しているのか。結城さんが元気でいてくれるなら、それでいいではないか。
最初のコメントを投稿しよう!