五、内密の依頼

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五、内密の依頼

 市五郎は今、悶々と思考を巡らせながら、己の気持ちを見つめつつ古い台所でコーヒーを淹れている。   市五郎にとってミューズであり、恩人であり、問題児の結城が、隣の書斎にいるのだ。  八月末に発売されたBL雑誌に市五郎の初の長編が載った。  結城に預けた第一話目は商業雑誌二十八ページ分。文字数にして四万三千ちょっと。四百字詰め原稿用紙に換算すると、百十二枚。  それだけの文章にあれよあれよという間に扉絵と挿絵を飾るイラストレーターが決まり、怖いくらいスムーズに掲載されることになった。  結城は市五郎が出版社へ一話目を持って行く前から、作品の雰囲気に合ったイラストレーターの手配をしていたらしい。離れている間も、市五郎の初の連載小説のために尽力していたのだ。それを知り、市五郎の心はさらに喜びに震えた。期待に応えることができて本当に良かった。この喜びは今までにないものだった。  その後、イラストレーターの曽根から直接話したいという要望を受けた。  これもまた初めての経験で、現実味を感じられない市五郎はふわふわと宙を歩きつつ出版社へ出向いた。  曽根とのミーティングで、主人公のイメージについて尋ねられた市五郎は迷いに迷い、「内密にお願いします」と約束を取り付けてから、結城の名前を上げた。危険かもしれないと思いつつ、己のイメージを再現してもらえたなら、これほどの喜びはないと思うと我慢できなかったのだ。  
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