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「私は贅沢をしているつもりはないのですが、きっとこの静寂も贅沢なのでしょうね」
「ええ、すごく落ち着きます。僕のアパートなんて箱みたいなもんですから。混み合う電車に乗り込み、窮屈な箱に閉じ込められる。そんな毎日なので」
結城は少し寂しそうに微笑んだが、市五郎は結城の言葉を聞き逃さなかった。脳内をビビッと電流が走ったのだ。
「……結城さん、ちょっと失礼します。もう一度今の、言って下さい」
横にあるパソコンへ体をずらし、カチャカチャとキーボードを叩く。
「え? あ、混み合う電車? 窮屈な箱……にぃ、閉じ込められる……ですか?」
「うんうん」
結城の口から出た言葉は、瞬く間に変換され市五郎の脳内を駆け巡った。それが消えないうちに文章へと落としていく。結城はそれを邪魔しないよう気配を消し静かになった。
大まかではあるが閃いたストーリーを書き終え、市五郎は視線を上げ結城を見た。
「お待たせしました。突然すみませんでした」
「いえ、すばらしいですね。楽しみにしてます。では、僕はこの辺で。執筆頑張って下さい」
笑顔を向け、突然帰るという結城に、市五郎は慌てて説明した。
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