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いつもの段取りでミーティング用の応接コーナーに案内される。数分待っていると森がやってきた。先ほどの会話については一切触れず市五郎が森へ挨拶すると、森が「こんにちは。わざわざすみません」とゲラを受け取りながらなんの前触れもなく爆弾発言をした。
「突然で申し訳ないんだけど、今日から高山さんの担当が変わることになってね」
サッと市五郎が青ざめる。
さきほどのトイレの会話はこういうことだったのか。
市五郎と森は作家と編集者として数年来の付き合いがある。人見知りでもある市五郎にとって、唯一「知り合い」と言える編集者でもあった。ショックを受けた市五郎は愕然としたまま森を凝視するしかない。
「へ……森さん、担当、変わっちゃうんですか?」
「うん。悪いね。抱えてる作家さんが増えてしまって、しばらく手一杯になりそうなんです。新人さんを担当することになっちゃって」
「はぁ」
新人作家の指導が大変なことは理解できる。出版業界の常識から教えないといけないだろうし。そう思いつつ市五郎の表情は固まったままだ。森が取って付けたように笑ってみせる。
「大丈夫、安心して。新しい編集の結城君は若いけど、経験も積んでるし、若い分いろいろ刺激があって高山さんも楽しいかもしれませんよ?」
「は、はぁ……」
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