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結城の言いぐさに思わず笑ってしまう。あまり声を出して笑ったことなどない。特にここ数年は。はしゃいでしまった自分を恥ずかしく思い、市五郎は「コホン」と咳をして姿勢を正すと結城へ微笑んだ。
「書けたら一番に読んでもらいますから、お願いします」
「はい!」
にこやかに笑顔で答える結城に、嬉しくてつい調子に乗ってしまう。
「元はと言えば、これも結城さんの言葉からヒントを得たものですよ」
「僕のアパートの話ですよね? 狭い箱でしたっけ? まさか、あの主人公がいきなり拉致され隠れ家に閉じ込められてしまうなんて。いや、こんな風に変換されるとは。主人公だから殺されることはないってわかっててもハラハラし通しでした。ずっと探してきた相手なのに声しかわからないところもいいですよね。この敵のトップと最終的にハッピーエンドになるんですよね? すごいなぁ。一筋縄ではいかない主人公と、もっとも厄介な攻めキャラというのが熱いです。本当に作家さんの想像力って素晴らしいなぁ」
「そうです。物書きって要は……妄想好きなのでしょうね。なんでもそっちにもっていく」
「自由な発想。実に羨ましいです」
「それも全て結城さんのお陰です」
この話が掲載された時、扉絵や挿絵がどんなイラストになるのか、考えただけでワクワクした。結城さんをモデルにした主人公が、真っ暗な部屋で手かせ足かせをされ、目隠しをつけたまま後に運命の相手となる敵のトップに犯されるのだ。
現実では起こりえないシチュエーションを脳内で描くだけじゃなく、文章で肉付けし、さらにイラストにまでしてもらえる。小説とはなんて素晴らしいのだろう。
市五郎は今日ほど小説家になってよかったと思ったことはない。
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