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キンキンに冷え切った部屋にいるのに、市五郎の背中をツーッと汗が伝った。
マズイ。
市五郎は必死に頭を回転させ、今の発言をけむに巻こうとした。
「と、時に……結城さんは、今、お付き合いしている人とかいるのですか?」
うあああああ! 微妙な質問を投げかけてしまった!
図星が思わず口を突き、市五郎はパニックの極致に達した。
「……お付き合い?」
全然状況を掴めていないらしい結城は表情も姿勢も固まったままだ。ただパチパチとまばたきを繰り返す。市五郎はますます焦って言葉を続けた。
「その、恋人とか?」
しばらくの沈黙が流れ、結城は眼鏡の向こうで黒目を横へ向けた。何かを考えている様子。そして、吹っ切れたように明るく話し始めた。
「なかなか忙しくて。女性と出会っても、相手は作家さんばかりなんで」
結城は「アハハ」と軽く笑い飛ばした。
女性を強調したみたいだし、女流作家と呼ばれる人達は、結城よりだいぶ年上だろう。言い訳にはもってこいだと思った。「そうですか」と流せばいいのに、市五郎の口からはまた違う質問が飛び出す。
「年上はお嫌いですか?」
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