六、雷鳴

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「はぁ……」  重い溜息を吐いた時だった。微かに呼び鈴が鳴る。  誰だ? こんな荒れた天気に訪ねてくるモノ好きは。  魂の抜けた頭で考えてハッとした。  この家の呼び鈴を押すのは一人しかいない。結城だけだ。  市五郎は廊下をバタバタと駆け、玄関のガラス越しのシルエットを見て息を飲んだ。慌てて玄関を開けると、折り畳み傘をなぜか胸の前に抱え、頭からずぶ濡れの結城が立っていた。 「あ……ゆ、結城さん……」 「こんにちは」  眉を下げ、情けない顔の結城が小さく頭を下げる。 「ちょ、ちょっと待ってください。あ、中入って」  結城に声を掛け、市五郎は風呂場へ走った。バスタオルと小さなタオルを掴み、玄関へ戻る。濡れ鼠のような結城へバスタオルを渡した。それから小さなタオルをかまちに敷く。 「風邪を引いたら大変だ。服を脱いで体を拭いてください。あ、ここに足を乗せて。靴下もグッショリでしょ? 脱いでください」 「すみません、ありがとうございます」  結城はタオルを受け取ると首に挟み、右手をその挟んだタオルで拭き、タオルを首に掛け、慎重にスーツの中に入れていた鞄を出した。  大事そうにタオルで鞄を拭っているが、ほとんど濡れていない。結城はどこもかしこもびしょ濡れなのに傘を抱えていた前面だけは濡れていなかった。
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