六、雷鳴

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 ◇ ◇ ◇  激しかった雨が上がり、風呂へ入った結城は、会社に直帰の電話連絡を入れた。市五郎は二人分の蕎麦を湯がき、鴨南蛮を作った。 「食べましょう」  書斎の机に向き合い、二人で静かに蕎麦を食べる。  冷えきっていた結城の頬は桃色になっていた。ずっと握っていた眼鏡ももういつも通りの定位置に戻っている。  つゆを飲み、「ほう」と一息ついた結城の手がピタリと止まる。そのまま蕎麦を見つめながらボソッと問うた。 「あの、僕たちこれから付き合う……という、ことになるんでしょうか」  不思議な問いかけだと思いつつ、市五郎は真剣に応えた。 「私はあなたとお付き合いしたいです。結城さんさえ良ければ、付き合って欲しいと思っています」  俯いたままの結城だったが、頬はさっきよりも赤みを増したようだった。 「僕は、高山さんのことを好きなんだと思います。いつものおやつも楽しい時間でしたし。さっきの……たくさんの言葉も、とても……その、素敵でした」 「……触るのはダメですか?」  結城がギュッと身を竦める。流れる沈黙。止まった空気にいたたまれなくなり、市五郎が限界を感じた時、また小さな声がした。 「ダメでは、ないです。少し、怖いけど」 「……結城さんは、あ、答えにくければ答えないで結構です。……男性とお付き合いしたことはありますか?」 「……ないです」  逃げるように視線を逸らせ、とても不安げな表情をする。  母からはぐれた小鹿のようだ。
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