夢子という女

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 ――数十年後。  結婚する事も、転職する事もなくずっと実家暮らしで、同じ職場で定年まで勤め上げた夢子。  両親は夢子が三十路半ばの頃に不慮の事故で他界した。一人っ子だった夢子はそれからずっと一人。誰もいない静かな家は寂しかったが、数ヶ月で慣れてしまった。  母親任せだった家事も、自分でするようになって最初は失敗続きだったが、インターネットやアプリで調べてそれなりに出来るようになった。  両親の部屋はそのままで、二人の死後一度も足を踏み入れた事はない。通帳などは居間の箪笥の引き出しに入れてあったので、両親の部屋を漁る必要がなかったのだ。  そうして月日が流れ、定年を迎えた夢子は両親の部屋の前に立っていた。  結婚もしていない夢子が一人で暮らすには大きすぎる家。定年退職したら家を引き払ってどこか遠くに引っ越そうと、40を過ぎた頃から考えていた。  だが、家を引き払う前にしなければならない事がある。それは家財の整理だ。夢子は物欲がなく、消耗品以外は殆ど何かを買う事はなかった。洋服が古くなれば新調する程度だ。  その為、この大きな家に夢子の物はほぼなく、あるのは亡くなった両親の残した物だけだった。処分業者を手配し、使えそうな物は買い取って貰い、それ以外は全て処分するつもりだ。その前に必要な物を仕分けておかなければならない。  何十年も放置していた部屋に果たして必要な物があるのかは分からないが。それでも両親の部屋だ。念の為一通り見ておく必要はあるだろう。  緊張した面持ちでそっとドアノブに手をかける。ゆっくりと回すとギィ…と蝶番が小さな音を立てて扉が開いた。
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