夢子という女

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 長い時間誰も立ち入っていないその部屋はそこら中に埃が積もっていた。埃だらけの床を気にする事なく、夢子は部屋に足を踏み入れる。  両親が使っていたシングルベッドと箪笥が二つずつ、それに小さな本棚があるだけの簡素な部屋。最後に見たのは二十代の終わり頃か。  箪笥の一つは父の物で、中には衣類が入っているだけだった。もう一つは母の箪笥だが、父のとは違って衣類以外に封筒が三つ入っていた。  その封筒を手に取り、夢子はリビングへと移動する。ソファーに腰掛け、一番大きな封筒を開けてみると、中には新聞の切り抜きが入っていた。古びて黄ばんだその切り抜きには、夫が妻を殺害した後、自殺したという事件について書かれていた。  何故母がそんな事件の記事をわざわざ切り抜いてまで保管していたのだろう? そんな疑問を抱きながら、切り抜きが入っていたのと同じ大きさの封筒を開ける。  中には書類が数枚入っていた。夢子の戸籍に関する書類と、そして養子縁組の書類。そこには両親と自分は本当の親子ではない事を示す内容が書かれていた。  夢子の心臓が跳ね上がる。そんな、まさか…と、信じられない思いで頭がいっぱいになるが、何度読み返しても書いてある内容が変わる事はなかった。  自分が養子である事にも驚いたが、何よりも驚いたのは自分の本当の両親だ。  本当の両親の名前は田所篤史、香苗と言うらしい。そして先程の新聞の切り抜き。そこに書いてあった記事にも同じ名前があった。  つまり、夢子の実の父は殺人犯で、自分の妻を殺して自殺した。そういう事になる。目の前の事実に、幼い頃から何度も言い聞かされてきた言葉が脳内を駆け巡った。 「犯罪だけは絶対に犯してはいけない」  ああ、そうか。両親は恐れていたのだ。実の父のように夢子も犯罪者になるのではないかと。
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