夢子という女

1/7
前へ
/9ページ
次へ

夢子という女

 彼女――島原夢子は幼い頃から引っ込み思案で、自分の思いを他人に伝える事が苦手だった。  幼少期は自分の意思を伝えられないが為に遊んでいるおもちゃを他の子に横取りされたりした。小学生の時には好きな男の子が出来たが、思いを伝えるどころか話しかける事すら出来ず、他の子に取られた。  中学と高校では空気のような存在で、唯一の救いはイジメのターゲットにされなかった事。  大学には進学せず、就職の道を選んだ。地元の小さな会社の事務員だ。  他人とのコミュニッケーションが苦手な夢子でも、事務職は何とかこなす事が出来た。電話対応は苦手だったが、マニュアル通りに受け答えし、後は他の従業員に任せておけば良かったので、それもどうにかなっていた。  就職して一年も経つ頃には仕事にも慣れ、他の従業員とも打ち解ける事が出来ていた。苦手だった飲み会もそこまで苦に感じる事はなくなった。  学生時代こそ良い思い出はないが、就職してからはそんなに悪くない日々を過ごしていた。  地元の会社なので実家暮らしのまま、通学が通勤に変わっただけ。食事や洗濯など家事全般は全て母親任せだった。  一つだけ、変わったとすればそれは金銭面だろう。自分で稼ぐようになり、自由に使えるお金が増えた。今までは親からお小遣いを貰っていたが、就職してからは決まった金額を毎月家に入れるようになった。  家事全般を母親に丸投げしても何も言われないのは、お金を入れているからだ。でなければきっと、家事を手伝うか家を出ろと言われていたに違いない。  両親は特に教育熱心でも、夢子に何かを過剰に期待するような人達でもなく。ごく普通の人達だった。親として当然だと言うように夢子を可愛がり、夢子が望む高校へ進学させてくれたし、就職先にも口を出す事はなかった。  ただ一つだけ、幼い頃から何度も言われていた事がある。 「どんな人生を歩んでも、それが夢子の望む道なら好きにして良い。だけど、犯罪だけは絶対に犯してはいけない」  ごくごく当たり前の事なのだが、両親は夢子に何度もその話をした。子どもに言い聞かせると言うよりは、まるですり込むかのように何度も、何度も……
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加