小さな芽

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 ストーブで暖められた待合室に移動した圭斗はリュックから小説を取り出す。高校受験の年のため『通学時の電車内だけ』と決めていた読書タイム。今から一時間半は来ない電車を待つにはちょうど良い。遅刻確定の慰めと現実逃避のために開き直り、栞が挟まれたページを読み始める。四、五行目まで目を通すが、やはり罪悪感が圭斗の背後にべっとりと張り付いてくる。  勉強した方がいいのはわかっているが、息抜きも必要だろう。でも勉強が大事だろう。志望校が遠ざかる音が聞こえる前に自分から歩みよらなければいけないだろう。だんだんと主人公のセリフが脳内に流れ込まなくなってきて、ため息を吐きながら圭斗は物語を一旦、終了させた。  今日の一時間目は体育だから、二時間目に滑り込むことができれば勉強には支障は出ないはずだ。そうだ、きっと大丈夫。苦しい言い訳が脳内を駆け巡る。落ち着くためのため息を一つ吐き吸ったところで、斜め前に座っている女子高生が圭斗の視界に移った。隣の市にある私立女子高の制服を着ているその人は、集中した様子で文庫本を広げている。邪念に囚われ物語に入り込めない圭斗とは正反対だ。  その時、宝物を発見した時のような明るく温かい日差しが圭斗の胸に入り込んできた。女子高生が真剣な眼差しを注いでいた本の題名は、圭斗が手にしているものと同じだったのだ。圭斗は急に慌てふためきお腹に抱えていたリュックを落としてしまうが、女子高生は集中を止めない。  田舎の駅前は人など集まらない。足音も話声も聞こえない、ただ圭斗の心の声だけが激しく響いている、この状況。  ストーブと消された小型テレビ。読書をする女子高生と僕。なんでもない静かな空間で圭斗は小さな一つの芽を見つけた。  
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