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オリヴィアは自分のスマートフォンが鳴っていることに気がついた。
表示されている名前は「ノア・エヴァンズ」だった。
「はい」
「オリヴィア? 僕です。今日もうまくいきませんでした」
「そう」
「でも、僕は諦めませんよ、絶対に。彼女を、ジェシカをアイザック・クラークから取りもどして見せます」
「応援してるわ」
「彼女が僕を思い出してくれたら、何も言わずにこういうつもりです、『また会えたね』と」
「それがいいわ。彼女の性格からして、もし自分が大切な恋人より兄を愛していたのだと悟ったら、きっと混乱して、また記憶の混濁に陥るかもしれない」
「僕は、彼女を責めるつもりはありません。彼女を今も深く愛しています。彼女の中の兄、アイザックの存在が大きすぎた」
「本当の気持ちは彼女にしか分からないものよ、ノア。ただの脳の記憶装置のいたずらに過ぎないかも」
「いえ、分かるんです。彼女は無意識の中で、兄を愛していた。それも異性として。恋人である僕よりもずっと強く。実の兄であるゆえに彼女は無意識下にその想いを追いやっていたのでしょう」
「ノア」
「でも、僕はほっとしているんです。彼女は僕らの目の前で事故死した兄のことも忘れている。僕のことも、兄のこともともに忘れた」
「ご両親ももうない、二人きりの兄妹だったのよね」
「もし彼女が、兄だけを忘れていたのなら、僕は諦めていたかもしれません」
そしてノアは電話口で一つ息を吐いた。
「彼女がまた会いたいと思うのは、僕かアイザックか、まだ決着はついていないのです」
(了)
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