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瞬間、部屋を間違えたのかと思ったが、さっき自分の鍵を差し入れて一回閉めてしまっている。鍵は合っているということだ。
「おかえりなさい」
ごく普通に語りかける若い男の声。はいそうですか、と部屋に入るわけにはいかない。
「なぜ私の家にいるの。あなた、誰?」
虚勢に近いほど眉を吊り上げて尋ねるが、彼は小首を傾げるだけだ。
「忘れたの、約束。僕を覚えてない? 精神科医のノア・エバンズだよ。同時に君の友人の」
「どうやってこの部屋に入ったの」
「君が頼んだんじゃないか。合鍵を渡すから来てほしい、って」
彼は手を掲げて目の前に私と同じ形をした鍵をぶら下げる。キーホルダーを見て息をのむ。私の手づくりのビーズ細工。一体どういうことなのか。
「カウンセリングのために自分の家で待っててほしいと言って、この鍵をくれたのは君だよ」
彼、ノア・エバンズが少しも驚いた様子がないのは、きっと私の”異常”を知っているからではないかと私は思い当たった。私の物忘れを知っているから、私が聞きただしても動揺しないのではないか。
少し心に余裕ができた。もしかしたら彼の言う通りかもしれない。
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