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 私の記憶はときどきとぶようなのだ。  もちろん、一人ではそのことになかなか気がつかない。  授業を終えて夕方から通っているアルバイト先の画廊で、管理人のオリヴィアから指摘され、はじめて奇妙に思ったのだった。  大学で西洋美術史を専攻している私は、自分の興味に近い画廊のお仕事を見つけた。オリヴィアは小さい店ながらも経営者なので、とてもしっかりとした性格で、物事をあいまいにしない人だ。 「昨日頼んだ次の展示の顧客リスト、もう出来てるわよね」  私は自分でも間が抜けていると思うくらいに口をあけてしまった。  恥ずかしいけれど、問い返した。 「それは何のお話ですか」  すでに私は仕事を始めて半年以上経過している。だからオリヴィアは私がそんなにいい加減な性格ではなく、責任感もそれなりにあると知っていた。なので少し戸惑いつつも言い足してくれた。 「だって、言ったでしょ。ほら、お年を召した紫のバラのワンピースとクリーム色のスカーフを巻いた女性……」 「テイラーさん」 「そう。テイラーさんから彼女がパトロンをしている若いデザイナーの展示を頼まれて、顧客リストを」  思い出せない。  テイラーさんが来店したことも、紫のバラのワンピースもクリーム色のスカーフも鮮やかに思い出せるのに、オリヴィアの言う若いデザイナーや顧客リストの話だけは思い出せなかった。 「あの、すみません。確かに私はその話を聞いていましたか」  オリヴィアでなかったら激怒したかもしれない質問を恐る恐るする。幸いオリヴィアは無駄な問答は嫌いだ。 「聞いていたわ。私と一緒に」  簡潔に答えてくれた。私はキツネにつままれたような心地になり、ともかくも平謝りして、もう一度その用事の内容を事細かに聞いてメモを取った。オリヴィアは不思議そうな顔をしていたが、おそらく私が何か体調が悪かったりとか悩んでいたりとかしていたと思い込んだのだろう。深くは訊かずに親切にもう一度用件を教えてくれた。
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