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 家を買って一年が過ぎた。結婚してしばらくは賃貸だったけど、三年目に決意し、ローンを組んで結婚記念日に入居した。敷地は狭いけど、二階建てのとんがり屋根で屋根裏部屋がある。ちょっと鉛筆みたいな外観が気に入っている。壁は黒色でシルバーの太めの窓枠がおしゃれ。  東京西部の郊外で、交通の便は悪くない。私は新宿のオフィスで働いているし、彼は新橋の建築事務所で設計をやっている。  日頃草むしりまでする余裕はないから、庭はコンクリで固めて、玄関までのアプローチは天然の石。代わりに玄関口のソヨゴの灌木やささやかな季節の草花の鉢を楽しんでいる。  家の設計はもちろん彼がつくって、お庭のデザインは私が考えた。  育ちの遅いソヨゴもこの一年で少しは様になるようになってきた。    さて、要するに今日は四度目の結婚記念日となるのだけど、子どものいない夫婦がするようなおしゃれなお店でお食事を、などということはない。土曜日も彼は急な仕事で出かけた。何も言わずに出かけたけれど、彼の求めているものは分かっている。  彼を送りだして食器を洗うとすぐ、私は大きな買い物用のトートバッグを提げて外へ出た。鉢植えの薄紫色や白色のビオラの傍らにかがみ、終わった花を茎の根元から折り取った。こうすると、次々とよく花が咲く。  それから小道に出て、駅までの曲がりくねった道を歩いていく。これから西武新宿線に乗って中井まで行き、そこから大江戸線で東中野に出る。目指すは青果市場だ。  中井で乗り換えるためには各停に乗らなければならない。通勤時間帯を外した各停はわりと空いている。窓の外はのどかな郊外の景色だ。先端の尖った背の高い木立が右手に見える。今は冬だから葉はなくて、骨組みのように枝だけがシルエットになっている。陽射しが暖かくて、私はついうとうとしだした。  ふわふわとした夢を見ているとき、「汐里(しおり)じゃない」と甲高い声で呼びかけられ、目を覚ました。身体がびくりと動いた。忘れていたはずの記憶も一瞬でよみがえる。学生時代の同級生、倉田真奈の声だった。  顔を上げると、深緑色のウールのコートから白いニットがのぞいていて、大粒のフェイクパールのネックレス。薄いブラウンとグリーンのタータンチェックのマフラー。そして、あご、真っ赤な口紅。やけに上向きな長いまつ毛。これはまつエクってやつだ、きっと。  風貌もセンスもずいぶん変わっているけれど、目だけはあの頃のまま。  相性っていうのは不思議なもので、一目で大体分かってしまう。たまに第一印象をいい意味で裏切られることもあるけれど、そういう人は大概が仲良くなる。そのいちばんの例は中西賢太郎。そう、現在のわが夫だ。  そして、この倉田真奈は残念ながら一目見た印象が変わらないばかりかどんどん底の底まで見えてきてしまった人。私は友人だとは思った試しがないのだけれど、彼女は必ず知らない人に紹介するときにはこの私、汐里を指して親友とのたまっていた。  なぜか彼女とは腐れ縁で、合唱サークルで知り合ったのだけど、学部も同じのうえ、ゼミも同じになって、けっきょく四年間もつき合うはめになった相手なのだった。  
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