卵が割れたら

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 高校は県下一の進学校だけれど、私は友人はつくらず、いつも図書室で本を読んでいた。だからといってイジメられていたわけでもない。何一つ他者に対して積極性を持たない私に、絡みつく人間はいなかっただけだ。そういう意味では、これまでの人生でいちばん楽な時期だった。一人が許される場所。たまごをため込まなくてもいい場所。  いつも放課後はクラブもやらずに図書室で本を読んでいるのは、家になるべくいたくないからだ。父の出世とともに専業主婦になった母がいつも家にいる。私はなるべく自分の部屋に閉じこもるけれど、母は『お茶でものまない、美菜』などと甘えた声を出して私を身近に置こうとする。  リビングで聞かされる母の噂話はもううんざり。耳にタコができるほどだ。そして次に始まる父への悪口。  『私に甘えないでください、お母さん。私はあなたの心のゴミ捨て場ではありません。あなたも自分の「たまご」を用意するくらい大人になってください』  父も母も、一人娘に甘いと近所の評判になっていることは知っている。外面のいい彼らは表では仲の良い夫婦を演じ、ことさらに出来の良い娘を世間に見せつけようとする。  その実は面倒を避けて仕事人間を装う父と、そんな父を恨んでいる母。とりわけ幼児性の強い母は私にすがらなければ自分の存在意義さえ保つことができないのだ。  私はすでに彼らもたまごにしている。  
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