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「すまない。土壇場ではずせない仕事が入って」
文句のひとつでも言おうと思ったのに先に謝られたらなにも言えない。久弥さんは車の反対側にまわり、助手席のドアを開けた。こういうことをさらっとしてしまえるのは彼の育ちの良さか、手慣れているからか。
「お邪魔します」
おとなしく乗り込みシートに腰を下ろす。内装は黒でまとめられ、座り心地もよく、ラグジュアリー感が漂っていた。
シートベルトを装着していたら、久弥さんは運転席に戻りハンドルを握った。ほどなくして車は動き出し、夜の世界に覆われていく世界をぼんやり眺める。
会話らしい会話はない。けれど信号で車が止まったタイミングで、これは聞いておかねばと彼の方を向いた。するとなぜか、こちらを見ていた久弥さんとばちりと音がしそうなほどの勢いで視線がぶつかる。切れ長で漆黒の目に見つめられ、息を呑んだ。
逸らしたのは私が先で、ややあって車が動き出したタイミングで口を開く。
「光子さんは、どうして入院されていらっしゃるんですか?」
病状がどんなものかによってかける言葉も変わってくる。興味本位ではなく尋ねたのだが、久弥さんはわずかに迷う素振りを見せた。
「……年だからな。祖父が亡くなってから精神的にも体調的にも本当は参っていたのに、忙しくしてまぎらわせていたんだろう」
曖昧な説明に、これ以上踏み込むなと言われた気がして追及は控える。おもむろに再び窓の外に視線をやろうとした。
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