第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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 会場の外にあるソファにそっと腰を下ろす。やはり気を張っていたのか、どっと疲れが押し寄せてくる感覚に目眩を起こしそうだった。久弥さんに早く戻ると言ったものの、なかなか気持ちが乗らない。  しっかりしないと。私は彼の妻なんだから。  奮い立たせて思い直す。  それはどういう意味で? 雇われた妻としてしっかり役目を果たさないとってこと? それとも……。 「瑠衣?」  考え込んでいると、久弥さんじゃない男性の声で名前を呼ばれた。完全な不意打ちで、心臓が口から飛び出そうになる。誰かにここで声をかけられるなんて思いもしなかった。  すぐさま立ち上がり顔を向けたら、さっきの比ではないくらい驚き、息が止まりそうになる。逆に相手は安堵めいた顔になった。 「やっぱり瑠衣だ。久しぶり」  優しげな面持ちは変わっていない。スーツを着て、記憶の中の彼より大人っぽく感じられた。 「町原(まちはら)くん……」 「最初、わからなかったよ」  彼は町原哲也(てつや)。高校の同級生で、かつて付き合っていた相手だ。とはいえ交際期間はたった三ヶ月で、彼に対する未練などはまったくない。  ただ、言い知れないわだかまりがある。 「久しぶり、だね。医学部に進学したんだよね?」  さりげなく現状を尋ねると、町原くんはぎこちなくも頷く。 「ああ。今は大学病院で研修医として働いているんだ。それで、瑠衣はどうしてこのパーティーに?」  当然の疑問だ。なんて答えるべきなのか迷う。そういう彼はどうして……。
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