第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「哲也」  答えを迷っていたら突然、町原くんの名前を呼びながら女性が割って入ってきた。甘えるように彼の腕に自分の腕を絡める。 「探したわ。なかなか戻ってこないんだもん」 「希子(きこ)」  その名前に肩がびくりと震える。逆に女性は私を見て、大きく目を見開いた。 「倉本さん?」  釣り上がった大きな目、今にも折れそうな華奢な体。ゆるく巻いた髪はふわりとまとめ上げられ、ベージュのサテンドレスを着ている。  彼女は有沢(ありさわ)希子。町原くんと同じ、私の高校の同級生だ。  親が大手ビルマネジメント会社を経営していて 、祖母は名の知れた旧華族出身らしく、いわゆるお嬢さまと呼ばれる人種になる。とくに親しくもなかった彼女の事情にここまで詳しいのは、当時彼女自身が周りに自身のことをよく言いふらしていたからだ。  有沢さんは私を認識した途端に、顔を不快そうに歪めた。 「どうしてあなたがここに?」  責めるような口調に心臓がバクバクと音を立てる。なにも答えない私に、有沢さんはふふんと鼻を鳴らした。 「私の祖母が十河会長と知り合いなの。だから婚約者として彼も一緒に参加したんだけれど……あなたはなに? 町原くんが駄目だったから、他の素敵な男性を探しに来たわけ?」 「おい」  あからさまに敵意のある言い方に、町原くんが止めに入った。しかし有沢さんは憎しみに満ちた目で私を睨みつけている。
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