第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「こんなこと言いたくないけれど身のほどを知ったらどうかしら? 町原くんのときに思い知ったでしょ? あなたみたいな育ちの女性には――」 「瑠衣」  激しさを増す有沢さんを制するように、凛とした低い声が響く。続けて固まったままでいる私の肩に大きな手のひらが添えられた。 「妻がなにか?」  優しく私を抱き寄せたのとは裏腹に、有沢さんたちに投げかけたその声は冷たくて鋭い。久弥さんの登場に、有沢さんも町原くんも呆然としている。 「妻って……」 「瑠衣の夫の十河久弥です。妻がどうかしましたか?」  彼の名前で有沢さんはすぐに久弥さんの立場を理解したらしい。ますます信じられないといった面持になった彼女に、久弥さんは念を押すように尋ねた。  口調は丁寧だがどこかヒリヒリとした棘が感じられる。有沢さんは皮肉っぽい笑みを浮かべた。 「十河さんはご存じなんですか?」  唇をわなわなと震わせ、有沢さんは聞いてきた。その言葉に心拍数が上昇し、胸の痛みと共に、それ以上言わないでほしいと反射的に叫びそうになる。 「彼女が母子家庭で、おまけに施設で過ごしていたことを」  勝ち誇ったような目で有沢さんは告げる。町原くんは憐れみなのか罪悪感か、傷ついた顔をした。けれど久弥さんの反応だけは確かめられない。  そのとき肩に回されていた腕に力が込められる。 「ええ、知っていますよ。それがなにか?」  久弥さんの答えに驚いたのは、私だけではなく有沢さんもだ。彼女は途端に慌てた表情になる。
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