第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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 ちらりと久弥さんをうかがうと、彼はなんとも言えない切なげな顔をしていた。 『瑠衣はなかなか秘密主義なんだな』 「……彼とは付き合っていたんです」  もうこの際、久弥さんにどう取り繕ってもしょうがない。  私の告白に久弥さんは眉をひそめたが、ぽつぽつと語っていく。  町原くんはお父さんが大きな病院を経営する院長で、跡継ぎとして医学部を志望する優秀な学生だった。特待生制度ご利用して高校に入学した私もそれなりに成績はよく、彼とは勉強のわからないところを教え合ったりして、もともと仲はよかった。 『倉本さ、よかったら俺と付き合わない?』  高校二年生の夏、いつも通り勉強を教え合っていたとき、不意に彼から切り出された。私自身彼を恋愛対対象として見ていたのか、彼を好きだったのか、振り返ったらよくわからないけれど、好きか嫌いかと言われたら好きだった。  なによりそんなふうに好意を寄せられたのは初めてで嬉しかったから。  ふたりで勉強したり、放課後一緒に帰ったり。休みの日は待ち合わせをして出かける。高校生らしい交際だったと思う。 『倉本さんって町原くんと付き合っているの?』  そんなある日、隣のクラスだった有沢さんに尋ねられ、町原くんとの関係を隠していなかった私は素直に肯定した。しかし有沢さんはあからさまに面白くないといった顔になる。 『ふーん。結婚とか考えているわけ?』 『さ、さすがにそこまでは』  高校生で付き合ってまだ二ヶ月程度。結婚に憧れはあってもこの付き合いの延長線上にはないと思っていた。
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