第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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『そう、希子さんは私が呼んだの。倉本瑠衣さん、単刀直入に言うわね。哲也とは別れてほしいの』  凛とした冷たい声に目を見開いた。町原くんのお母さんは自分のペースで話を続ける。 『あの子にはそれなりの家のお嬢さんとお付き合いしてもらわないとならないの。たとえば希子さんみたいな、ね。あの子は町原の跡継ぎで、父も祖父も優秀な医師なの。わかるでしょ?』  唇を噛みしめて、彼女たちをまっすぐに見据える。たしかにここまで言われて町原くんのお母さんがなにを言いたいのかわからないほど鈍くはない。  つまり私は彼女から見て、町原くんには相応しくないのだ。 『希子さんから聞いたわ。倉本さんは母子家庭で苦労してきたのね。施設にまで預けられて……まったく想像できないわ』  ところが、さらに続けられた内容に動揺が隠せない。母子家庭なのは町原くん自身も知っていたし、親しい友人にも話している。けれど私が昔、施設に預けられて過ごした話は誰にもしていない。 『なん、で』  動揺する私に、有沢さんが小馬鹿にしたように笑い、町原くんのお母さんは冷たい笑みを崩さない。背中に嫌な汗が伝って、今すぐここから逃げ出したくなる。 『少し調べさせてもらったの。母親として息子の傷になるような真似はさせるわけにはいかないから。どうして息子に近づいたの? お母さまに言われたのかしら? 医者や社長の息子を掴まえなさいって』 『違います! 母は関係ありません』  近づくもなにも、交際を持ちかけてきたのは彼の方だ。  それを言おうとしてやめる。言っても無駄だ。
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