第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

14/35
前へ
/193ページ
次へ
 ただのクラスメートから親しくなって、付き合う流れになって……。なにもおかしくはない。普通の付き合いだと思っていたのに。 『そう。でもこうやって疑われてしまう環境にあるのは、不幸ね。あなたに息子は荷が重すぎると思うの。世界が違いすぎるもの』 『……帰ります。お邪魔しました』  あふれ出そうな感情や言葉をすべてこらえて、たった一言だけ告げてその場を去る。ふたりの顔は見られなかった。見たくなかった。  町原くんは現れることなく、彼の家をあとにする。  ひとりになると、我慢していた気持ちが一気に吹き出そうになった。  あからさまに見下されて、馬鹿にされて……。怒りや悲しみで胸もお腹も痛い。  今までいろいろあったけれど、あそこまで一方的にひどい態度をとられるのは初めてだ。  情けなくて涙があふれそうになるのを強引に指で拭う。泣いたら負けだ。認めるわけにはいかない。私だけじゃない、母まで侮辱されたんだ。  激しく落ち込んで帰宅した私を、母はとても心配してくれた。本当のことなど話せるはずもない。  翌日、学校で町原くんに会い、彼から謝罪を受けたが、受け入れるのは無理だった。彼も母親にいろいろ言われたのだろう。  それでも付き合おうと言えるほど、お互いを強く思う気持ちは私たちにはない。周りに聞かれたら受験生になるから別れたと告げ、お互い気まずいままほぼ自然消滅のような形となる。  それからしばらくして彼が医学部に推薦で合格が決まったことと、有沢さんと付き合いだしたことを聞いたけれど、もうどうでもよかった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5591人が本棚に入れています
本棚に追加