第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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 だから久弥さんに言う必要はないと思っていた。どうせ彼とは期間限定の契約結婚だ。彼が必要なのは光子さんが気に入っている相手で、割り切ってさえいれば……。 「あの、なんなら周りを納得させるための離婚理由にしていただいてもかまいません」  沈みそうな気持ちをごまかしたくて、わざとおどけて言ってみる。  聞いていなかったって、激高されてもしょうがない。町原くんのときみたいになっても――。 「瑠衣」  思考を遮るようにしっかりと名前を呼ばれ、びくりと体をすくめる。おそるおそる久弥さんの目を見たら、彼はつらそうに顔を歪めていた。 「瑠衣にとって俺は、あいつらと同じ人間なのか?」  その問いかけに、私は硬直した。まったく予想していなかった反応だったから。  久弥さんの抱いている思いを察し、胸が締めつけられる。  彼はさらに詰め寄ってくる。 「瑠衣の過去を知って、自分には釣り合わないと見下したり侮蔑すると思ったのか?」  違う。久弥さんはそんな人じゃない。ちゃんとわかっている。  そう言いたいのに言葉にならず、無言で首を横に振った。 「言ってなかったから……久弥さんに恥をかかせてしまって……」 『TOGAコーポレーションの会長のお孫さんが、そんなお相手でかまわないんですか?』  久弥さんはそつなく対応してくれたけれど、有沢さんの信じられないといった顔が目に焼きついている。 「恥なんて思ってない」  ところがすぐさま否定され、彼に強く抱きしめられた。
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