第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

19/35
前へ
/193ページ
次へ
「俺は平気だから、瑠衣が先にシャワーを浴びてきたらいい」  普段通りの穏やかな口調で勧められたが、素直に頷けない。 「そんな。私よりも久弥さんの方が」  言いかけて言葉を止める。彼の指先がうなじを滑り、大きな手のひらが背中に這わされる。 「やっ」  思わず声が漏れたが、久弥さんは気にせず、器用にドレスのファスナーに手をかけ下ろしていく。  予想外の行動にパニックを起こしそうになったが、久弥さんは平然と私の耳元に唇を寄せてきた。 「なら一緒に入るか?」  反射的によろめきそうになったら彼に支えられ、慌ててたゆんだドレスを押さえた。 「さ、先に入らせてもらいます」  降参と言わんばかりに宣言すると、微笑みながら頭を撫でられる。 「どうぞ。ゆっくりしてこい」  そそくさと彼に背を向け、バスルームを目指す。  ラグジュアリー感たっぷりのバスルームは白を基調に金の装飾がところどころあって、まるでお城みたいだった。アメニティも充実していて、さっそく化粧を落とす。髪もほどいて、お湯を張っていたバスタブにゆっくりと浸かった。  なんだか夢の中にいるみたい。へりに頭を預けて、ジャグジー機能でぶくぶくと泡立つ水面をぼんやり眺める。続けてなにげなく指先で唇に触れた。  久弥さんとのキスの感覚がありありとよみがえり、鼓動が速くなる。思わず鼻下までお湯に沈めた。  それにしても、多少なりとも黙っていたことや私の過去について、なにかしら責められるか咎められると覚悟していたのに。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5592人が本棚に入れています
本棚に追加