第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「大丈夫です。子どもじゃないんですから」  しかし久弥さんは納得できない面持ちで私の頭にかかっているタオルを手で掴んで乱暴に動かした。 「わっ!」 「髪が濡れている。俺が待っているからって乾かさずに慌てたんだろ」  そう言いながら彼は手を止めない。小さな水しぶきが顔に当たり、ぎこちなく答える。 「久弥さんのせいじゃ……」  ドライヤーをかけるのに長くバスルームを占拠するのも気が引けると思ったのも事実だ。 「あの、じゃあ、こっちにドライヤーを持ってきてちゃんと乾かしますから」  言い訳して彼を早くバスルームに向かわせようと試みる。すると久弥さんから「わかった」と短い返事があった。  ドライヤーの温風が髪に当たり、地肌もじんわり温かい。けれど私の体温が高いのは間違いなくそれだけが理由ではない。 「いいです、久弥さん。自分でできます」  ドライヤーの噴き出す風の音に負けないよう、やや声を張り上げてうしろを振り返る。 「おとなしくしていろ。雑にはしない」 「そ、そういう問題ではなくて」  おそらく私の声は、ドライヤーを手に持つ彼には届いていない。ソファに座らされ、うしろから久弥さんに抱きかかえられるような体勢で、彼にドライヤーで髪を乾かされていた。  拒否したものの、彼に押しきられる形で今の状況を受け入れている。  普段、髪に触れられるのとはまた違う。地肌に触れる大きな手のひら、遠慮なく髪をすくう長い指に、変に緊張して妙な気恥ずかしさを覚える。
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