第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「切った方がいいですか?」  さっき抱いた不安から結論づける。やはりこの髪の長さを乾かすのは、大変だったのかも。 「いや」  顔面蒼白になる私に対し、久弥さんはどこか煮え切らない面持ちになった。 「あの男もこうやって触れたのかと思うと無性に腹が立って」  ところが続けられた内容があまりにも想像の範疇を超えていて、とっさに意味が理解できない。 「あの男って……」  呟いたら久弥さんは眉をつり上げ、視線をふいっと逸らした。 「瑠衣の初恋の相手で付き合っていたんだろ?」  ぶっきらぼうに補足され、目が点になる。 「あの、町原くんとは付き合っていたと言ってもたった三ヶ月で、お互い高校生ですから、そんな親しくなる余裕もなくて……」  話が繋がった瞬間、懸命に否定する。どうして私が必死にならないといけないの。でも誤解されたくない気持ちが湧き起こる。 「久弥さん、だけですよ。こうして私に触れるのは」  ぎこちなく本音を漏らして頬が熱くなる。だいたい私の経験なんてたかがしれているのに。 「久弥さんこそ」  今までどんな恋をして、どんな女性と付き合ってきたんだろう。久弥さんが好きになる人ってどういう……。 「俺も瑠衣だけだ」  頬に手を添えられ、真剣な声と目が私を捉えて離さない。 「瑠衣は俺の妻だから」  揺れない瞳に見つめられ、ごく自然に瞼を閉じると唇が重ねられた。温もりに安堵したのも束の間、すぐに苦い感情に襲われる。
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