第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「俺が、瑠衣を欲しくてたまらないんだ」  いつもは冷静な印象の久弥さんから、切羽詰まった表情でストレートに想いをぶつけられ、胸が揺さぶられる。  だから、というわけじゃない。流されるわけでもない。  そっと顎に手をかけられ、私からの答えを求めるように久弥さんの親指が唇をなぞっていく。彼の瞳の奥が揺らめき、劣情を滲ませた面持ちになにも言えない。  ややあって私は意を決して小さく頷いた。 「わ、たし……も」  蚊の鳴くような声で、それ以上は続けられない。こんなとき気の利いた台詞ひとつ返せなくて情けなくなる。  肩を縮めていたら額に唇が寄せられた。久弥さんの顔を確かめようとしたらきつく腰に腕を回され、抱きしめられたと認識するのと同時に体が浮いた。 「えっ!」  子どもみたいに正面から抱き上げられ、気恥ずかしさも合わさって久弥さんにしがみつく。すると彼は優しく私の頭を撫でてくれた。これじゃ、本当に子ども扱いだ。久弥さんはかまわずに足を進めていく。 「瑠衣」  立ち止まり、名前を呼ばれたのでおずおずと顔を上げた。久弥さんと至近距離で目が合って体温が一気に上昇する。連れてこられたのはベッドルームで、部屋の中を確認する前に丁寧にベッドに下ろされた。  おかげでこの部屋で最初にはっきりと視界に捉えられたのは、暖色系のダウンライトかいくつか並んだ天井だ。けれど、すぐに私を見下ろす久弥さんに切り替わる。  このあとの展開が読めないほど幼くもなければ、鈍くもない。ただ経験がないだけで。
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