第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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 目が覚めたとき、珍しく久弥さんもベッドにいて、まずはそのことに驚く。忙しい彼はたいてい私より早く起きるのに、久弥さんの寝顔を見られるなんて貴重だ。  ふっと笑みをこぼしそうになり、置かれた状況を思い出す。ここは久弥さんのマンションではなくホテルだ。おまけに自分はなにも身に纏っていない。  一気に昨晩の記憶がよみがえり、ベッドの中に潜り込んだ。穴があったら入りたいって、きっとこんな気持ちなんだと思う。  体には久弥さんにしっかり愛された余韻が残っていて、言い知れない羞恥心で呼吸困難を起こしそうだった。  その、私、本当に久弥さんと……。  思い出したいような、思い出したくないような複雑さを抱えつつ、ひとまずなにか着ようと体を起こそうとした。 「瑠衣」  ところが不意に名前を呼ばれ、心臓が口から飛び出しそうになる。見ると久弥さんが寝ぼけ眼でこちらを見つめていた。彼の寝起き姿を見るのが新鮮で、どぎまぎしつつもどう反応していいのかわからない。  そのとき腕を引かれ、あっさりと彼の腕の中に閉じ込められた。久弥さんはなにも言わず、どうしたのかと思っていたら、ややあって規則正しい寝息が聞こえてくる。珍しい彼の姿に小さく笑った。  久弥さん、寝ぼけていたのかな?  そうだとして、無意識でも名前を呼んでこうして求めてもらえたのが嬉しい。彼の厚い胸板に顔をうずめ、密着する。  大丈夫。この先、私たちの関係がどうなっても、私が今感じている幸せは本物だ。この選択に後悔などない。  じっとしていたらつられて私まで眠くなってきて、私は久弥さんにくっついてもう少しだけと目を閉じた。
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