第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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「忘れ物はないか?」 「だ、大丈夫です」  チェックアウトをの時刻になり、ホテルのフロント尋ねてくる久弥さんにぎこちなく答える。いつもなら「子どもじゃないんですから」と言い返すところだが、今の私にその余裕はなかった。  次に目が覚めたとき、今度は久弥さんが先に起きていて私の頭を撫でていたので、眠気は一瞬で吹き飛んだ。勢いよく上半身を起こす。 『あの』 『おはよう、瑠衣』  なにか言おうとしたら優しく微笑まれ、唇を重ねられる。剥き出しの肩に彼の手が置かれ、それだけの触れ合いに心拍数が上昇した。  よく見るとシャワーを浴びたのか、彼の髪はわずかに湿っていて着替えも済ませている。今の自分との対比に恥ずかしさが増した。 『体は? どこかつらいところは?』  さらに久弥さんから真面目な面持ちで聞かれ、すぐに首を横に振ってうつむく。正直なところ、体よりも心臓が破裂しそうに痛い。 『あの、着替えるので……』  久弥さんの顔をまともに見られないまま離れるよう促す。こういうとき、どんな態度をとったらいいのかわからない。私だけ動揺しすぎ? 『手伝おうか?』 『けっこうです!』  軽い口調で尋ねられ反射的に言い返す。おかげで久弥さんと目が合ってしまったが、彼は口角を上げ、そっと私の耳元に唇を寄せてきた。 『遠慮しなくていい。瑠衣をたっぷり甘やかしたいんだ』  低い声で囁かれ、言い終わるや否や耳たぶに口づけられた。
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