第一章 理解不能のプロポーズは突然に

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「そう言わないで。今日が無理なら、また都合のいいときに」 「あの、本当にかまいませんので」  久弥さんだって面倒だと思っているだけだ。なにより……。 「退院されたら、光子さんとご一緒させてください。楽しみに待っていますから」  微笑んで提案すると、光子さんは一瞬顔を歪めた。なんだか泣き出しそうに見えたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべる。 「そうね、ありがとう。瑠衣さんのために美味しいお店をリストアップしておくわね」 「はい」  ちょうど話が一区切りついたのもあり、そろそろ退出する旨を告げる。  初めて訪れたときはホテルみたいだと感動したが、秘書や看護師がそばについているとはいえ、こんな広い部屋をひとりで使っているのだと思うと、光子さんの来客を喜ぶ姿が理解できた。  うしろ髪を引かれつつまた来ると彼女と約束する。そして来たときと同じく彼の車で送ってもらう流れになった。 「では、お手数おかけしますが」 「食事はどうする?」  シートベルトを締めて、『帰りもお願いします』と言おうとしたら、不意に久弥さんから問いかけられた。すぐになんの話か理解できない。  隣に顔を向けると、彼は少しだけ怒った表情になった。 「あそこまで頑なに拒否しなくてもいいんじゃないか?」 『今日のお礼に瑠衣さんに食事をご馳走してくれないかしら?』 『だ、大丈夫です。お気遣いなく!』  先ほどの光子さんとのやりとりを思い出し、血の気がさっと引いた。いくら遠慮から出た言葉とはいえ取りようによっては失礼な態度だったかもしれない。
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