第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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『んっ』  体を震わせると、彼はそのままおかしそうに笑う。それだけの仕草に胸が詰まりそうだ。 『私で……遊ばないでください』  精いっぱいの抵抗を示すと、久弥さんは今度は頬にキスを落とした。 『遊んでいないさ。ただ、時間が限られているから今は瑠衣におとなしく従うよ』  そう言って久弥さんは私から静かに離れた。今は、というのが気になったがあえて指摘はせず支度を始める。  部屋を出たらルームサービスで朝食が用意されていた。久弥さんが対応してくれたらしい。それからふたりで朝食をとって、ホテルを出る準備をした。  もともと久弥さんは優しいけれど、なんだか以前より触れるのに遠慮がないというか、甘やかしてくれるとでもいうのか。  今もさりげなく肩を抱かれ、駐車場へと向かっていた。この調子だと身が持たない。  車に乗り込み帰路につくが、さっきから会話らしい会話を交わせていない。けれど思いきって運転する久弥さんに問いかける。 「久弥さんは、本当にTOGAコーポレーションを継がなくてよかったんですか?」  昨晩の一件を思い出すと平静でいられないので、極力考えないように心掛ける。体中の至るところを彼に触れられ、その余韻がまだはっきりと残っていて当分消えそうにない。  黙っていたらいたで恥ずかしさで自滅すると思い、ずっと気になっていた件を切り出した。
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