第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

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『それは瑠衣ちゃんが本人に聞いてみたらいい』  以前、久志さんから久弥さんの事情を多少は聞いていたけれど、今なら本人に尋ねられる気がした。体を重ねたからだけじゃない。私の過去も話して彼との距離が多少縮んだと思えたから。 「そうだな。昔は俺が跡を継ぐつもりだったよ」  気を張り詰めて質問したが、久弥さんからはあっさりと返事があった。久志さんの読み通り、やはり久弥さん自身も前社長であるおじいさまのもとで育てられて、後継者としての気持ちはあったんだ。 「でも祖父に『おまえには跡を継がせられない』って言われたんだ」  納得していたら、久弥さんに続けられた内容に虚を衝かれる。 「え?」  運転する久弥さんを呆然と見つめていたら、彼はこちらを見ずに口角を上げた。 「俺には両親もいないし伯父とはあんな関係で、後ろ盾もないからな。祖父なりに思うところもあったんだろう」 『俺にはその資格がないから』  以前、久志さんにそんなふうに話しているのを思い出した。でも、どうして? 光子さんはもちろん、おじいさまだってきっと久弥さんをそばで見てきて誰よりも愛していたはず。  たしかに後継者の資質などはまた話が別かもしれないけれど、こんなにも久弥さんは優秀で、誠実なのに。  不満げに唇を引き結んでいたら、そっと頬に彼の指先が滑らされた。
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