第六章 傷跡に触れて気づく想いは秘密に

35/35
前へ
/193ページ
次へ
「ありがとう。これも全部、瑠衣のおかげだ」 「私? なにもしていませんよ」  なぜか私がお礼を言われ、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。 「瑠衣がいるから祖母に生きる活力が湧いて、治療にも前向きに取り組んだんだ」 「そんな、大袈裟ですって」  前を向いて運転しながら続ける久弥さんに、苦笑が漏れた。けれど久弥さんはどうやら本気らしい。信号で車が止まり、改めて彼はこちらを向いた。 「瑠衣は、周りにいる人間を笑顔にするんだな」  しみじみ呟かれ、目を細めた久弥さんと視線がぶつかる。 「久弥さん、褒めすぎですよ」  わざと彼から目を逸らして前を向く。さっきから心臓がうるさい。  私は……久弥さんも笑顔にできているのかな? だったら嬉しい。こんなふうに自分の価値を認めてもらえるなんて私の方こそ幸せ者だ。  そこで思い直す。光子さんの治療がうまくいっているということは、私たちの結婚生活はどうなるのだろう。このままずっと久弥さんと一緒にいられると思ってもいいの?  次々と湧き起こる疑問には、すべてかすかな不安もつきまとっている。  なにはともあれ今、尋ねる話じゃない。私たちの関係は、結婚した当初と比べると確実に変わった。それがこの契約に影響するのか、しないのか。久弥さんの意思も確認しておくべきだ。  落ち着いたらちゃんと向き合って話そうと決める。  とにかく今は、光子さんの病状が回復している事実がなにより嬉しかった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5626人が本棚に入れています
本棚に追加